資産運用

時代は変化しています。世界は倫理的で長期的に持続可能な投資を志向し始めています。将来に備える政府は、持続可能な発展を支援する金融市場の役割をますます強調するようになっています。責任ある投資(RI)ソリューションに対する投資家の需要は大幅に高まっています。これはRI関連投資に割り当てられる資産の増大から見て取れます。低コストのインデックス投資へのシフトに伴い、現在利用可能なRIインデックスも増えています。 RIインデックスは、環境、社会、企業のガバナンス(ESG)に関する多くの投資家の考え方を、既存のパッシブ運用やファクター投資に組み込むための重要な第一歩になると期待されています。マーサーでは、責任ある投資を、ESGファクターが業績に重大な影響を与える可能性があるという信念の下で、投資管理プロセスと企業所有の手法にESGファクターを組み込むことと定義しています。 一方、GCC(湾岸協力理事会)地域では、政府は経済の多角化を図る中で、責任ある投資の重要性についての認識を高めています。2017年12月にパリで開催された「ワンプラネットサミット」で「ワンプラネットSWFワーキンググループ」を設立した6つのソブリンウェルスファンド(SWF)のうち、GCC諸国のファンドが4つに上ります。 UAE国内でも、「持続可能な開発のためのグリーンエコノミー」や「グリーンアジェンダ」など多数のイニシアティブが、未来の責任ある投資に向けて国を動かしています。多様化戦略との調和に関しては、これらのイニシアティブは、国家の経済成長と環境持続可能性の目標をすり合わせることにより、「ビジョン2030」をサポートしています。 アブダビでは、マスダール・シティ(数十億ドル規模のグリーンエネルギープロジェクト)などのさまざまな開発を通じて、目立った形でアジェンダに貢献しています。1一方、ドバイでは、エネルギー・アンド・エンバイロンメント・パーク(通称エンパーク、クリーンエネルギーと環境テクノロジー企業のためのフリーゾーン)を開設しています。2 GCC諸国で責任ある投資事例の影響が強まるにつれ、投資の意思決定やプロセスにESGファクターやサステナビリティのテーマを組み込むことを求める声が高まっています。機関投資家は、投資そのものだけでなく、自身の評判や収益の面についても、責任ある投資の効果を考慮に入れるようになっています。持続可能な投資は、資源不足、人口動態の変化、幅広い環境問題や社会問題に対応する政策の変化など、さまざまな課題への解決策を提示する企業の潜在能力を活かすための魅力的なチャンスを提供します。 ESGファクターを企業の長期的なパフォーマンスに組み込むメリットは数々の調査や産業界のエビデンスによって示されています。たとえば、ドイツ銀行は2012年に100件以上の学術研究を調べ、ESG評価の高い企業のほうが、負債比率の面で資本コストが低く収まっていると結論づけました。また、2015年に台湾国立台中科技大学の許教授と台湾国立中興大学の鄭教授が行った別の研究では、社会的責任を果たしている企業のほうが信用格付けが高く、信用リスクが低いと判明しました。3 環境問題や社会問題に対する一般の関心に応えるべく企業が取り組みを進める中で、ESGに配慮することもまたベストプラクティスであると考えられるようになりました。従業員はますます環境にポジティブな影響を与える企業のために働き、投資したいと思うようになっています。CFA研究所などのグローバルなイニシアティブや団体は、ESGを考慮しないことの財務面や評判におけるリスクを強調しています。 ESGを適用するメリットがようやく理解されるようになってきたGCCですが、実のところESGの理念そのものはGCCとまったく無縁というわけではありません。シャリア(イスラム法)準拠の投資は過去20年間にわたって行われています。どちらのフレームワークでも、ネガティブスクリーニング(好ましくない活動を行う企業の排除)アプローチを採用し、持続可能なリターンが得られる投資機会を探ります。ESGファクターとシャリアスクリーニングの組み合わせにより、イスラム投資家は、社会的目標と環境的目標を同時に達成しながら、投資パフォーマンスを向上させることができます。 UAEは現在、投資の多様化に注力しています。そのため、ESGの組み込みを成功させるための重要なステップとなる戦略とプロセスが密接に連携するような、責任ある投資の市場と文化を醸成することは非常に有益です。 持続可能な成長を求める場合、気候変動などの新たに高まりつつあるリスクを軽減するために、インサイト(洞察)とオーバーサイト(監視)のレイヤーを追加することが非常に大切です。そのためのESGアセスメントの導入は、明確なKPIを設定し、プロジェクトがどこでどのように価値を生み出すかを識別し、プロジェクトに伴うリスクを緩和するのに役立ちます。 たとえば、マーサーではクライアントに「Investment Framework for Sustainable Growth」(持続可能な成長のための投資フレームワーク)を適用しています。このフレームワークは、ESGファクターに関連する財務的影響(リスク)と、持続可能性の問題の影響を最も直接的に受ける業界における成長機会を識別するものです。影響の測定とリスクの緩和はますます重要になっており、強力な投資ガバナンスプロセスが求められます。 ESG導入のメリットは計り知れません。ESGの原則の導入に着手したとはいえ、GCCには、政府が投資家を含む利害関係者と十分なエンゲージメントを図り、地域全体で戦略を調整するために行うべき仕事がまだ多く残っています。 ESG組み込みのグローバルな基準を満たすことを求める圧力は今後強まる一方です。そこから逃げるのではなく、企業、投資家、政府が連携して、責任ある投資と持続可能な成長の面でGCCを前進させる働き方を定義すべきです。   出典: 1Carvalho, Stanley, "Abu Dhabi To Invest $15 Billion in Green Energy," Reuters, January 21, 2008, https://www.reuters.com/article/environment-emirates-energy-green-dc/abu-dhabi-to-invest-15-billion-in-green-energy-idUSL2131306920080121 2Energy and Environment Park:Setup Your Company In Enpark, UAE Freezone Setup, https://www.uaefreezonesetup.com/enpark-freezone 3Chen, Yu-Cheng and Hsu, Feng Jui, "Is a Firm's Financial Risk Associated With Corporate Social Responsibility?"Emerald City, 2015, https://www.emeraldinsight.com/doi/abs/10.1108/MD-02-2015-0047

変革

音楽家、詩人、哲学者は、「私は何者か?」という質問に生涯を費やしてきました。それほど遠くない将来、この質問への答えは、我々のブロックチェーンの私的プロフィール、すなわち、我々が生まれてから行うあらゆる決定、行動、購入の詳細が入ったデジタルの「箱舟」に格納されることになるかもしれせん。出生証明書、クレジットスコア、パスポート、職業経歴や病歴に別れを告げ、ブロックチェーンがもたらす未来、すなわち、ブロックチェーンのプロフィールに出会う時が来ました。「自分は何者か?」という質問に対する唯一の回答として、「これが私だ」と前例のない確信をもって語る、年代順で、超詳細の、変更不可能な記録が用意されるようになるでしょう。 ブロックチェーンは、我々の思考、感情、夢あるいは悪夢の中に存在するものではありません。人々が私的な日記の中で、あるいは朝、浴室で鏡に向かって話しかける時に明らかにするような自分との対話を記録することはありません。しかし、ブロックチェーンは、5歳で(手すりによじ登って)腕を骨折した時のこと、配偶者と最初に会った時に(飲み物を落として)心拍数が急上昇した様子、(いとこの結婚式用に)新しい黒い靴を配送してもらうために余分に支払いをしたことを決して忘れません。 ブロックチェーンは、ギリシャの哲学者が考えていた「自己」ではないかもしれませんが、(理想的には本人の許可を得て)哲学者以外の全世界から見た「自己」を提供してくれるでしょう。 デジタル世界における自分の権利を知る   企業はあなたの決定についての情報を求めています。あなたがベトナムに休暇旅行をすることにしたのはなぜか、毎週火曜の夜に、お気に入りのイタリア料理店でムール貝を食べるのはなぜか、あるいは、ミディアムハードの歯ブラシだけを使用するのはなぜか、といったことを説明する情報が、あなた、やあなたに似た人々に航空券、新鮮なシーフード、歯磨き粉を販売する企業には役立つのです。あなたがネットで行うすべての決定や行動は、あなたの性格や思考プロセスの一部を明らかにするデータです。 近年、企業や政策立案者は、個人の私的決定、特に、個人が読んだり、クリックしたり、ネット購入したりするものに企業がどれだけのアクセス権を持つべきか議論してきました。オンラインサービスの利用時に個人が作成するデータに対するコントロールを保持しようとする強力な勢力が存在する一方で、風向きは変わりつつあり、規制当局でも個人を守る機運が高まっています。 2018年5月、欧州連合は、居住地にかかわらず、その市民が有するデータプライバシー、所有権、管理権、許諾、および携帯性に関する基本的な法的権利を規定する画期的な「一般データ保護規則(General Data Privacy Regulation =GDPR)」を定めました。1米国では、「HIPAAプライバシー規則」により、個人の医療記録およびその他の個人の健康情報を保護するための国内基準が設けられています。2 これらの規制は、個人情報の元来の収集目的、または同意が明示的に与えられている目的以外で、個人データを使用しようとする可能性のある組織から市民を保護するためのもので、これらの法律に違反する事業体に相当の罰則を課す手段を提供します。デジタル変革の時代には、人々が自分の個人データの価値とプライバシーに対する権利の範囲を理解することが重要です。 売り出し中―睡眠習慣と運動ルーチン   個人データは今や、資本主義企業を推進する供給と需要のバランスの一部となっています。消費者は購買力を持つだけでなく、特定の購買に先立つ考え方や活動にアクセスすることもできます。この情報は、データ主導の戦略を使用して自社の製品やサービスを対象となる消費者に販売する企業にとって、非常に貴重なものとなります。 ブロックチェーン技術が登場するまでは、個人の生活で発生するあらゆるコンテクストの中で、個人の購買および行動を追跡できる包括的な記録を入手することは不可能でした。しかし今や、それが可能になったのです。現在、人々はブロックチェーンによって、変更不可能なプロフィールを、想像を絶する詳しさで作ることができるようになりました。そのプロフィールは生まれた日に始まり、生涯を通して増え続けていきます。乳歯が抜けた日から孫の名前まで、すべてが記録されるのです。あらゆる通院記録、あらゆる宿題の質問、あらゆるマウスクリック、あらゆるページビューが記録されます。 企業は、当然のことながら、データへのアクセスを許可するよう人々に奨励する無数の方法を開発するでしょう。個人の権利は法的にあらかじめ確立しているので、この関係において力を持つのは消費者です。消費者は、睡眠習慣から運動ルーチンまで、自身のブロックチェーンプロフィールのさまざまな側面へのアクセス権を賃貸することで自分のデータを収益化できます。より大規模にアクセスを認め、より多くのデータソースに接続すれば、より正確な行動予測が可能となるため、個人のプロフィールの価値は高まります。 つまり人々は、個人情報を求める新興のデジタル市場で、包括的で詳細なプロフィールを販売・提供する意欲を持ったマーケティングターゲットとして、自らを売り込めるようになります。これは、広告、データ調査、分析のビジネスを根本的に変える展開です。 85億の「パーソンフッド」の世界   2030年には、世界の人口は85億人に達すると予想されています。それまでには、ブロックチェーンによって、世界中の地域や国家を構成する個人にまつわるデータを一貫して、確実に、安全に整理できるようになる可能性があります。これにより、個人中心の社会が技術的に可能になります。その社会では、ある市民の活動や行動は、その市民の体験と感性に関する唯一の真実を語る資料として機能する変更不可能なデータ、「パーソンフッド」にデジタル的に記録されます。 基本的に人々は、リアルタイムなデータを定期的に生み出し、それが時系列順に自身の総合プロフィールに追加されます。このプロフィールには、医療記録、学歴、専門資格、有権者登録、運転免許証、犯罪歴、財政状態、その他人間として生きる上で特筆すべき点が含まれます。「パーソンフッド」は、アイデンティティ関連情報のすべてを結び付けることができる、世界中で受け入れられる記録となる可能性があるのです。かつて身元確認に必要とされたすべてのプロセスは、個人の包括的なブロックチェーンプロフィールによって置き換えられます。個人データのコモディティ化により、個人と企業との関わり方、そして個人同士の関わり方には大きな影響が出るでしょう。 自分自身の「パーソンフッド」に対する説明責任を負うこと、そして、我々の生活の詳細が永久に自分のブロックチェーンのプロフィールに記録されると知ることで、私たちの行動は変化するでしょうか。「パーソンフッド」の価値を高めようとすることが、生活を改善する努力の延長となるでしょうか。それともその逆で、「パーソンフッド」の価値を高める努力の延長として、生活を改善するようになるのでしょうか。「パーソンフッド」の勃興は、個人的所有権の概念が最初に出現して以来、人類が目にしたことのない方法で、所有権についての我々の集団的理解を変化させることになるかもしれません。 ブロックチェーンの世界への今後の課題   技術進歩の普及は常に犠牲を伴います。ブロックチェーン技術の普及と個人データの価値の上昇に伴い、社会は富裕度や階級の境界線に沿ってさらに両極端に分かれる危険性があります。購買力の高い個人は本質的に、製品やサービスを販売する企業や、財政支援や影響の面で利益を得られる政府機関にとって、より価値の高いデータを所有しています。お金を持たない、あるいは現代技術にアクセスできない人々は、政府、特に経済成長地域の政府が、脆弱な市民を取り残さないようにする規制を施行しない限り、深刻な不利益に直面するでしょう。また、経済成長地域は、ブロックチェーン技術の普及に伴い、時代から取り残される可能性を食い止める中間業者を採用する方法を見つける必要があります。 未来を予測するのは難しく、変化は常に課題を生み出すものですが、価値が創造されるところでは、技術が最終的に勝利を手にすることは、歴史が教えてくれています。ブロックチェーンの未来は、前例のない方法で人類に互いを、そして自分自身を理解する機会を提供します。人間の行動、人間関係、そして企業同士のやり取りに関する新たな洞察が提示されることで、私たちは互いから学び合い、すべての人のために状況を改善することができます。 ブロックチェーンデータはおそらく、人類が皆、どれほど似ているかということを、説得力をもって実証することでしょう。将来、人々が自分に問いかける最も重要な質問は、「一人の人間として私は何者か?」ではなく、「社会として私たちは何者か?」となるでしょう。この問いへの答えが、音楽家、詩人、哲学者が夢見ていたような種類の文明を生み出すかもしれません。 ブロックチェーンについてもっと知りたいですか?チェックアウト:マーサーデジタルのブロックチェーン101概要。 1Palmer, Danny. "What Is GDPR? Everything You Need to Know About the New General Data Protection Regulations." ZDNet, https://www.zdnet.com/article/gdpr-an-executive-guide-to-what-you-need-to-know/. 2"The HIPAA Privacy Rule." Office for Civil Rights, https://www.hhs.gov/hipaa/for-professionals/privacy/index.html.  

変革

ビンセンツォ・ペルージャは1881年10月8日に生まれました。約30年後の1911年の月曜日の朝、この小柄なイタリア人男性は、パリのルーブル美術館の館員に紛れるように白いスモックに身を包み、『モナ・リザ』を手にして立ち去りました。単純に、絵を壁から持ち去ったのでした。 それから2年の間、レオナルド・ダ・ヴィンチを象徴する傑作は、この泥棒が住むパリのアパートで、トランクに詰め込まれて放置されていました。ビンセンツォは次第に不安になり、最愛の故郷フィレンツェに戻ると、美術品商に連絡を取って、この有名な絵を売ろうとしたのです。そして、ホテルの部屋で警察に逮捕されました。 この物語の魅力は、世界的に有名なルネッサンス時代の宝を手にして歩き去るのが驚くほど容易だったということではなく、ビンセンツォの犯罪が最初から絶望的なものだったということです。美術界の誰もが、『モナ・リザ』が現在の住まいであるルーヴル美術館に収まるまでの起源、価値、道のりを知っていました。全来歴が詳しく文書化され、合意されていました。盗んだ傑作を美術界に持ち込んで、警戒されずにいることなど、不可能だったのです。 ブロックチェーン技術は、ペルシャのタペストリーからトロの巻き寿司、借り換えのあった住宅ローン、さらにはたった1つのレモンまで、あらゆるものに『モナ・リザ』と同じ水準の透明性と信頼性を実現します。その仕組みを見ていきましょう。 真実を語る唯一の情報源(Single Source of Truth)に関する相互の合意   ブロックチェーンでデータを文書化するための最初のステップでは、最初から正確であることに重点を置く運用プロセスが必要になります。最初のステップから、取引に関与する全当事者が、識別情報、価値、およびブロックチェーン資産を規制する管理規定を確認する必要があります。ビンセンツォ・ペルージャの物語でいえば、これはダ・ヴィンチの絵画『モナ・リザ』です。『モナ・リザ』は、ルーブル美術館の特定の壁に掛かっています。8億ドルの価値があります。しかし、売り物ではありません。価値は確立していて、状況も整っています。誰かが『モナ・リザ』を盗もうとしたり改ざんしようとしたりすれば、関係者、この場合は世界中がそれに気付くでしょう。 ブロックチェーンでは、相互に合意した初期情報が正確に取得されると、それが真実を語る唯一の情報源となります。検証の必要はありません。情報資産に関するデータの完全性が確立されれば、ブロックチェーン技術によって、悪意のある行為者によるデータ操作を阻止できます。これは、ブロックチェーン上の全員が、めいめいのコンピュータから、世界中に配布されている同じ情報を同時に見るからです。誰もが確認、検証済みの原物の資産に精通しており、そのデータが今後どうなるのもわかっています。デジタル資産を悪用または略奪しようとするのは、世界中に無数に存在する十分な保護を受けたルーブル美術館から『モナ・リザ』を盗もうとするのと同じなのです。 仲介者の必要がない   ブロックチェーン技術は仲介者、すなわち中間業者の必要性を排除しています。仲介者は一般的に、互いになじみのない当事者が関与する取引プロセスに完全性を提供する任務を負っています。銀行は個人と企業間の金融取引の仲介役を果たしています。不動産業者は、不動産販売の事務処理を進める仲介役を務めています。違法な仲介者もいます。例えば、不法な音楽ダウンロードプラットフォームは、ミュージシャンの楽曲をネット上で盗用あるいは盗作し、かなりの使用料を盗み取っています。ブロックチェーンを使えば、これらすべての仲介者の必要性と影響を排除できます。 パリの留学プログラムに参加中の、23歳の東北大学の美術学生、松山えり子さんという架空の人物を例に取ってみましょう。えり子さんは才能のある画家で、毎朝『モナ・リザ』の前に座って精巧な水彩画を描いています。それぞれの絵が、ダ・ヴィンチの女神に独自の解釈をもたらしています。さらに、世界中のファンに自分の原画を売るオンラインストアも持っています。 ブロックチェーン技術を通して、えり子さんは、各原画の日時と写真現像を認証し、水彩原画と独占的デジタルコピーの双方を購入者に送ることができます。購入者が原画もしくはデジタルコピーのいずれかを販売することにした場合、ブロックチェーンは信頼性の証明として役立ちます。ひょっとすると、えり子さんは30年後に有名な芸術家になり、作品の価値が数百万ドルに達しているかもしれません。その場合、先程と同じ水彩画とデジタルコピーが、さらに高い価値を持つことになります。というのも、何度売買されても、ブロックチェーンが起源と信頼性を保証するからです。信ぴょう性の検証や売買の支援に仲介者が必要になることは一切ありません。 データが物理的な物のようになる   『モナ・リザ』はもちろん、物理的な物です。そして、えり子さんが手書きの署名を入れた水彩画も同様です。しかし、彼女の絵のデジタルコピーはデジタル資産です。今日、デジタル資産は、個人の健康記録から土地区画の証書まで、あらゆるものになり得ます。ブロックチェーンを使用すると、物理的な物が現実の世界に存在するのと同じように、データ資産がデジタル世界に存在するようになります。データ資産は、データファイルの1つの使用可能なコピーとして存在することができます。 ブロックチェーンでは、松山えり子さんの絵画の独自のデジタルレンダリングの場合のように、使用可能な保護されたコピーが常に1点のみ存在します。売買は可能ですが、情報操作、違法コピー、または不正使用されることは決してありません。30年の間に、松山えり子さんの水彩画のデジタルコピーは、Tシャツから壁紙に至るまであらゆるものに印刷したいと考える個人または企業に対し、何度も売買される可能性があります。しかし、デジタルコピーは常に1点しか存在しません。 需要と供給により、商品やサービスの価格が決まります。デジタル資産の数量が限られている場合、その資産は珍しいものとみなされ、物理的世界と同様、需要と供給のダイナミクスが働きます。この市場からの需要により、個々の資産から暗号通貨まで、あらゆるものに適用できる定量化可能な価値が生み出されます。 科学技術は、常に世界を前進させています。将来、デジタル領域はあらゆるサイズのデジタルトレードルートの母体に特徴づけられ、それぞれがブロックチェーンで保護され、著作権侵害や情報漏洩に悩まされることがなくなるでしょう。もし、ブロックチェーンと最新の科学技術が1911年に存在していたら、『モナ・リザ』は2年どころか2時間以内に取り戻されていたことでしょう。今日、ルネサンスを代表するこの顔には、さらに微笑む理由があるのです。 ブロックチェーンテクノロジの詳細については、Mercer Digitalのブロックチェーン101の概要をご覧ください。

退職

small-tiles David Anderson | 03 4 2019

アジアの年金制度は大きな課題に直面しています。この地域では急速に人口が高齢化し、少子化が進むなど、人口統計学上の激しい変化が見られます。しかし、地政学的な不確実性と最低レベルの金利により、投資収益率は比較的低くなっています。 堅固な年金制度が比較的少ない地域であるため、多くのアジア諸国は、十分な年金を提供するのに苦慮しています。政府は金銭的負荷を軽減し、若者と高齢者による世代間の争いを回避するために、今すぐ積極的な行動をとる必要があります。 十分性、持続性、健全性の観点から世界の年金制度を比較・ランク付けする2018年度マーサー・メルボルン・グローバル年金指数(MMGPI)によると、アジアの出生時平均余命は、過去40年間に、多くの国で7年から14年延びています。平均すると、4年ごとに1年延びていることになります。過去40年間における65歳の国民の平均余命延長は、インドネシアの1.7歳からシンガポールの8.1歳までさまざまです。 世界の他の地域も、高齢化に関連する同様の課題に直面しており、各国で同様の政策改革が進められています。これには、年金受給年齢の引き上げ、高齢就労の奨励、退職後に備えた年金基金の増額、退職年齢前に年金口座から引き出せる金額の引き下げが含まれます。 2018年度MMGPIの調査結果は、ある根本的な疑問を投げかけています。アジア各国の政府が年金制度の長期的な成果を改善するには、どのような改革を実施できるか、というものです。 世界基準の年金制度を確立するための自然な出発点は、十分性と持続性の間の適切なバランスを確保することです。短期間で多くの給付金を提供するシステムは持続性が低く、一方で長年にわたり持続可能なシステムは、通常控えめな給付金しか提供しません。 退職年齢や、社会保障や個人年金にアクセスできる資格年齢を変更しなければ、退職制度への負荷が高くなり、結果として、高齢者に提供される経済的保障が脅かされる可能性があります。女性と高齢労働者の労働力参加率が増加すれば、十分性と持続性を改善できます。 日本、中国、韓国は、MMGPI指数の最下位近くにランキングされています。これらの国々の年金制度は、現在と将来の世代の退職を支援できる持続可能なモデルになっていません。制度が変更されなければ、年金給付が世代間で均等に分配されないため、これらの国々では社会的な争いが発生するでしょう。 例えば日本は、約340万人の公務員の定年退職年齢を現在の60歳から65歳に徐々に引き上げることにより、年金制度改革のために少しずつ前進しています。日本の退職者は現在、60歳から70歳までの任意の時点で年金受給の開始を選択でき、65歳以上で受給を開始すると、毎月の受給額が増えます。 世界最高の平均余命、世界最低の出生率の日本では、人口の減少が予想されています。この困難な状況は、すでに熟練者不足の一因となっており、これが日本の税収基盤の減少にさらに影響を及ぼすと考えられています。また、生産年齢人口の49%が個人年金制度を利用していないため、日本政府は、より高水準の家計貯蓄を奨励するとともに、国による年金保障水準を引き上げ続けることで、年金制度を改善できる可能性があります。退職給付の一部を、一時金ではなく年金として受給するという要件を導入すれば、社会保障制度の全体的な持続可能性は向上します。また、国内総生産に占める政府債務を減らすことによっても、現在の年金支払水準を維持できる可能性が高まります。 中国は別の問題に直面しています。中国独自の年金制度は、都市部および農村部の人々、さらには農村部の移住者や公共部門の労働者に対するものなど、さまざまな制度で構成されています。都市部および農村部には、(雇用主の拠出または政府支出の)プール用口座と、(従業員拠出の)積立個人口座からなる賦課方式の基礎年金制度があります。雇用主によっては、特に都市部では補足的な制度も提供されています。 中国の年金制度は、年金に占める労働者の積立の割合を増やして労働者の退職生活保護を総合的に強化するとともに、最貧困層への最低限の支援を増やすことによって改善される可能性があります。また、補足的な退職給付金の一部を年金として受給するという要件も導入する必要があります。より多くの投資オプションを年金加入者に提供して、成長資産への投資機会を増やす必要があります。また、年金制度と加入者とのコミュニケーションにも改善の余地があります。 香港では、自発的な加入者による積立を奨励し、それにより退職貯蓄を増やせるよう、税制上の優遇措置の導入を検討すべきです。また、香港でも、補足的な退職給付金の一部を年金として受給する要件を導入する必要があります。平均余命が伸びれば、高齢労働者は労働市場に留まるべきです。 韓国の年金給付額は、平均賃金の割合のほんの6パーセントで、貧困層にとってきわめて不十分な年金制度の一つです。韓国の制度は、最貧困層の年金受給者への支援水準を改善し、私的年金制度からの退職金給付の一部を年金として受給するという要件を導入し、全体的な積立水準を引き上げることで改善されると考えられます。 しっかりと構成されたシンガポールの年金制度は、アジアで第1位にランキングされており、持続性においても向上が見られます。退職金制度の中央積立基金制度(CPF)は、シンガポールで雇用を受けた全居住者および、永住者を含めた加入者に柔軟なサービスを提供しています。しかし、実施可能なことはまだあります。税務上承認を受けたグループ企業による退職金制度確立に対する障壁を緩和するとともに、労働力の3分の1以上を占める非正規かつ非居住の労働者もCPFを利用できるようにすべきです。CPF加入者が貯蓄を利用できる年齢も引き上げるべきです。 年金制度は世代間の問題であるため、長期的な視点が必要となります。年金制度は、いずれの市場でも最大の機関投資の1つであり、気候変動などのリスク管理を含め、託された資本の優れた管財役として働く重要性をもっと認識すべきです。 アジアの高齢者は70代から80代に達しても生産性を維持しているため、十分かつ持続可能な退職所得の準備状況を改善することが不可欠です。雇用主と政策立案者は、退職年齢の引き上げ、労働者の個人年金の対象範囲の拡大、ファイナンシャルプランニングおよび早期貯蓄の奨励に注力すべきです。 *本記事はNikkei Asian Reviewに掲載されたものです。

エディターズピック

退職

アジアは年金危機を乗り越えなければならない
David Anderson | 03 4 2019

アジアの年金制度は大きな課題に直面しています。この地域では急速に人口が高齢化し、少子化が進むなど、人口統計学上の激しい変化が見られます。しかし、地政学的な不確実性と最低レベルの金利により、投資収益率は比較的低くなっています。 堅固な年金制度が比較的少ない地域であるため、多くのアジア諸国は、十分な年金を提供するのに苦慮しています。政府は金銭的負荷を軽減し、若者と高齢者による世代間の争いを回避するために、今すぐ積極的な行動をとる必要があります。 十分性、持続性、健全性の観点から世界の年金制度を比較・ランク付けする2018年度マーサー・メルボルン・グローバル年金指数(MMGPI)によると、アジアの出生時平均余命は、過去40年間に、多くの国で7年から14年延びています。平均すると、4年ごとに1年延びていることになります。過去40年間における65歳の国民の平均余命延長は、インドネシアの1.7歳からシンガポールの8.1歳までさまざまです。 世界の他の地域も、高齢化に関連する同様の課題に直面しており、各国で同様の政策改革が進められています。これには、年金受給年齢の引き上げ、高齢就労の奨励、退職後に備えた年金基金の増額、退職年齢前に年金口座から引き出せる金額の引き下げが含まれます。 2018年度MMGPIの調査結果は、ある根本的な疑問を投げかけています。アジア各国の政府が年金制度の長期的な成果を改善するには、どのような改革を実施できるか、というものです。 世界基準の年金制度を確立するための自然な出発点は、十分性と持続性の間の適切なバランスを確保することです。短期間で多くの給付金を提供するシステムは持続性が低く、一方で長年にわたり持続可能なシステムは、通常控えめな給付金しか提供しません。 退職年齢や、社会保障や個人年金にアクセスできる資格年齢を変更しなければ、退職制度への負荷が高くなり、結果として、高齢者に提供される経済的保障が脅かされる可能性があります。女性と高齢労働者の労働力参加率が増加すれば、十分性と持続性を改善できます。 日本、中国、韓国は、MMGPI指数の最下位近くにランキングされています。これらの国々の年金制度は、現在と将来の世代の退職を支援できる持続可能なモデルになっていません。制度が変更されなければ、年金給付が世代間で均等に分配されないため、これらの国々では社会的な争いが発生するでしょう。 例えば日本は、約340万人の公務員の定年退職年齢を現在の60歳から65歳に徐々に引き上げることにより、年金制度改革のために少しずつ前進しています。日本の退職者は現在、60歳から70歳までの任意の時点で年金受給の開始を選択でき、65歳以上で受給を開始すると、毎月の受給額が増えます。 世界最高の平均余命、世界最低の出生率の日本では、人口の減少が予想されています。この困難な状況は、すでに熟練者不足の一因となっており、これが日本の税収基盤の減少にさらに影響を及ぼすと考えられています。また、生産年齢人口の49%が個人年金制度を利用していないため、日本政府は、より高水準の家計貯蓄を奨励するとともに、国による年金保障水準を引き上げ続けることで、年金制度を改善できる可能性があります。退職給付の一部を、一時金ではなく年金として受給するという要件を導入すれば、社会保障制度の全体的な持続可能性は向上します。また、国内総生産に占める政府債務を減らすことによっても、現在の年金支払水準を維持できる可能性が高まります。 中国は別の問題に直面しています。中国独自の年金制度は、都市部および農村部の人々、さらには農村部の移住者や公共部門の労働者に対するものなど、さまざまな制度で構成されています。都市部および農村部には、(雇用主の拠出または政府支出の)プール用口座と、(従業員拠出の)積立個人口座からなる賦課方式の基礎年金制度があります。雇用主によっては、特に都市部では補足的な制度も提供されています。 中国の年金制度は、年金に占める労働者の積立の割合を増やして労働者の退職生活保護を総合的に強化するとともに、最貧困層への最低限の支援を増やすことによって改善される可能性があります。また、補足的な退職給付金の一部を年金として受給するという要件も導入する必要があります。より多くの投資オプションを年金加入者に提供して、成長資産への投資機会を増やす必要があります。また、年金制度と加入者とのコミュニケーションにも改善の余地があります。 香港では、自発的な加入者による積立を奨励し、それにより退職貯蓄を増やせるよう、税制上の優遇措置の導入を検討すべきです。また、香港でも、補足的な退職給付金の一部を年金として受給する要件を導入する必要があります。平均余命が伸びれば、高齢労働者は労働市場に留まるべきです。 韓国の年金給付額は、平均賃金の割合のほんの6パーセントで、貧困層にとってきわめて不十分な年金制度の一つです。韓国の制度は、最貧困層の年金受給者への支援水準を改善し、私的年金制度からの退職金給付の一部を年金として受給するという要件を導入し、全体的な積立水準を引き上げることで改善されると考えられます。 しっかりと構成されたシンガポールの年金制度は、アジアで第1位にランキングされており、持続性においても向上が見られます。退職金制度の中央積立基金制度(CPF)は、シンガポールで雇用を受けた全居住者および、永住者を含めた加入者に柔軟なサービスを提供しています。しかし、実施可能なことはまだあります。税務上承認を受けたグループ企業による退職金制度確立に対する障壁を緩和するとともに、労働力の3分の1以上を占める非正規かつ非居住の労働者もCPFを利用できるようにすべきです。CPF加入者が貯蓄を利用できる年齢も引き上げるべきです。 年金制度は世代間の問題であるため、長期的な視点が必要となります。年金制度は、いずれの市場でも最大の機関投資の1つであり、気候変動などのリスク管理を含め、託された資本の優れた管財役として働く重要性をもっと認識すべきです。 アジアの高齢者は70代から80代に達しても生産性を維持しているため、十分かつ持続可能な退職所得の準備状況を改善することが不可欠です。雇用主と政策立案者は、退職年齢の引き上げ、労働者の個人年金の対象範囲の拡大、ファイナンシャルプランニングおよび早期貯蓄の奨励に注力すべきです。 *本記事はNikkei Asian Reviewに掲載されたものです。

資産運用

アジア太平洋地域の経済成長国に対する上位4つの脅威
Peta Latimer | 21 3 2019

アジア太平洋地域(APAC)の経済は、特定の地理的、社会的、財政的状況により定義されるため、それぞれ独特な形で世界経済の変動の影響を受けます。しかし、急速なデジタル変革と硬直する地政学的緊張のため、APACにあるすべての経済成長国の運命は、あまねく広がるグローバリゼーションの影響と切り離せなくなりました。 APACの経済は、今後2年で5.6%の堅実な成長を遂げると予測されています。ただし、この地域に対するそうした楽観的な予測は、依然として深刻な脆弱性をはらんでいます。1 脆弱な領域は、経済、地政学、科学技術および環境面の4つに分類できます。各カテゴリーに目を通して、近い将来、成長が見込まれる国々にどのような課題が浮かび上がってくるのか見ていきましょう。 1. 経済面―債務と住宅   2016年、APACは北米を越えて、世界の債務の最大の要因地域となりました。実際、APACの債務は世界の債務の35%を占め、2008年の金融危機以降、着実に大幅な増加を示しています。この債務により、地域経済は金利上昇や潜在的なデフォルト危機の影響を受けやすくなっています。 危険にさらされている領域は、経済圏ごとに異なります。例えば、中国では非金融企業と一般家庭の債務が増加していますが、日本では国債市場をリスクにさらす公債が最大の関心事となっています。また、インドは、国立銀行の不良資産への支出で2,100億米ドルの打撃に直面しています。 2010年以降、APAC全域、特に香港、オーストラリア、ニュージーランド、そして、インドにおける住宅価格は収入より速いペースで高騰しており、ムンバイの家庭では、手頃な価格の住宅などほとんど存在しないと感じています。住宅価格が高騰する中、資産バブルがはじける危険が心配されています。ただし、リスクレベルを決定づける信用貸付のしくみと家計債務の額は各国で異なります。APACは、一般世帯が借金を返済できず、それが国際的な銀行業界を悩ませ続ける世界的な経済危機の一因となってしまった、2008年の米国の住宅市場危機から学んだ教訓を心に留めておかなくてはなりません。 オーストラリアは現在、世界最高水準の家計債務を抱えています。オーストラリアの銀行ポートフォリオの大半が抵当貸付に由来し、2008年の崩壊直前の米国の住宅市場をはるかに上回るレベルに達していることから、多くの米国および世界の投資家は、オーストラリア市場に対してヘッジを行う傾向にあります。 2. 地政学の面―保護主義と不平等   相互に繋がった世界経済では、あらゆる地域が国際貿易の動向や関税の影響を受けます。中国・アメリカ間で拡大する貿易戦争がAPAC全域のサプライチェーンを脅かしています。一部の国が他国以上に苦労しているため、保護主義の傾向が、この地域の密接に絡み合った経済網に浸透していくおそれがあります。 急速な地政学的進展は不安を生み出します。そうした不安により、企業や政策立案者はしばしば、経済がマイナスの結果を被らないよう、制限や防護を余儀なくされます。実際、中国とアメリカが優先事項を再定義する中、APACの国々は、絶えず変化し続けるこの状況に対し、どこでどのように適応するかを決める必要があります。オーストラリアからインドまで、APAC経済圏は、ビジネスパートナーを疎外したり成長の機会を犠牲にしたりすることなく、他の国々と協力および競争するという複雑な状況をうまく切り抜けなくてはなりません。 APACは混沌とした地政学的状況の中で安定を模索していますが、国際的な貿易や商取引の結果、多くの国で、国内における人口構成が劇的に変化しています。貿易に適した港、近代的な技術の中心地、高度な科学技術を必要とする雇用チャンスにアクセスできることから、大都市や巨大都市が増加しました。革新的な文化、アイデア、インフラを提供する都市部に若い世代が継続的に移住するため、周辺および農村地域は社会の主流から取り残されています。持つ者と持たざる者の間の格差拡大は、所得と富の不平等、広範囲にわたる不満、市民の不安を招くおそれがあります。 政策決定者は、APACにおける人的資本管理を形成する一般的な考え方や規制を管理しようとしています。シンガポールのジョセフィーヌ・テオ上級国務相は最近、シンガポール国民が周辺諸国に移動して仕事をする必要があることに触れ、特にシンガポールが中国とのビジネス関係を強化する中で、APACの他の経済成長国における機会に先入観を持たないよう国民に求めました。2 3. 科学技術面―奇跡と脅威   科学技術は世界経済の未来を形作ります。新たに出現する機器や科学技術は、政府による規制より速く進化しているため、監視の隙間を縫って、経済成長、イノベーション、そして犯罪にとって前例のない機会が生み出されることになります。科学技術は、APACが労働力の生産性を高め、社会改革を進め、環境面での持続可能性を支持する手助けとなってきました。ASEAN諸国に対するデジタル変革の影響はきわめて大きく、特にeコマース分野では、2017年第1四半期にASEAN諸国が世界の売上高の40%を占めました。東南アジアだけでも、インターネットやそれがもたらすあらゆる可能性にアクセスできる人々の数は、2025年までに2億人から6億人へと3倍に増えると予想されています。3 新しい科学技術のために失われる仕事もある一方で、同じ科学技術が多くの新しい仕事を生み出すことにもなります。実際、AIシステムを構築している多くの企業は、人間の従業員がAIの設計と実行に積極的な役割を果たすことを発見しました。4イノベーションが雇用創出につながることは、歴史が明らかにしています。例として、コンピュータの出現を取り上げてみましょう。タイピスト関連の役割での需要は減少したかもしれませんが、コンピュータベースの仕事に対する需要は、開発、運用、プログラミングに関連する新しい仕事を生み出しました。しかしながら、これらの進歩には現代的課題も伴います。 高度な技術を持った世界中のサイバー犯罪者は、政府、公的機関、あらゆる規模の企業の弱点を探り続けるでしょう。データや情報が天然資源と同等に貴重になるにつれ、国家間のサイバー攻撃が頻度と複雑性を増していきます。政府と多国籍企業との間の錯綜する同盟関係は、人々やそのプライバシーに対する権利に劇的な影響を与えます。人権や個人情報へのアクセスに関する政策が国により異なるため、人々が科学技術とさらなるつながりを持つようになれば、保護境界線を設定し、人間の可謬性を軽減するために、新世代のサイバー法が登場することでしょう。 4. 環境面―自然災害と人為的解決策   環境要因は、APACの将来の経済見通しと全体的な生活の質を決定します。地理的に見て、APACは世界で最も災害が発生しやすい地域です。洪水や熱帯低気圧といった環境災害は、ほとんどの人々、インフラ、施設が集中する沿岸部に甚大な被害をもたらします。自然災害は予測不可能であるため、突然、時には大規模に、人命の損失、人口移動、そして広範囲にわたる社会的・経済的混乱を引き起こします。 そうしたトラウマを受けた後、個人や地域社会は、政府やその他の機関が救済を提供できるようになるまで、悲しみを抱えながら、医療活動も不安定な中で自力で進まなければなりません。APACは、自然災害が人々と経済にもたらす荒廃を軽減するための、統合された政策およびシステムを積極的に施行すべきです。こうした動きはすでに見られます。香港のように比較的成熟した市場では、ハリケーンのような災害時にリソースを調整し、迅速に対応する能力が飛躍的に向上しています。科学技術と企業の利益がAPACをより緊密に結びつける中、各政府には、他の国々や地域に対する自国の責任が正確にはどのようなものであるのか判断する必要が生じます。 UNESCAPのデータ   地球規模で考えると、APACは有害な排出物や汚染物質の抑制に不可欠な役割を果たしています。時代遅れのインフラストラクチャと手ぬるい規制は、現代的な科学技術と政策に置き換えなければなりません。しかし、変化には時間と費用が伴います。多くのAPAC諸国はいまだ、石炭やその他の化石燃料など、従来のエネルギー資源に依存しています。ただ、地域および地方レベルでは大きく進歩しています。 例えば、中国は、石炭や石油に代わる大気中の汚染物質を減らすグリーン燃料技術の導入で、目覚しい進歩を遂げてきました。5化石燃料を風力や太陽光などのクリーンエネルギー資源に置き換えるという中国の新たなイニシアチブは、国内経済に悪影響を与えることなく、北京などの諸都市で大幅に空気の質を改善してきました。実際のところ、中国は持続可能な資源がエネルギーの未来であると考え、グリーンビジネスに積極的に投資しています。例えば、ハイテクなソーラーパネルの分野では、世界のソーラーパネルの3分の2が中国製となっており、電気自動車の分野では、2025年までに、テスラ社さえも凌ぐ年間700万ドルの売上を予測しています。6 APACは、地域として、再生可能エネルギー源を促進し、直接的で差し迫った脅威となる大気汚染や水不足の問題に取り組むための枠組みや新しい科学技術にも合意しています。経済発展と、気候変動および持続可能性イニシアチブの進展とのバランスをとるのは困難ですが、必要なことです。 この地域のその他の課題同様、気候変動に対応するには、APAC諸国、政府そして労働者の間に、新しい協力の時代が必要となることでしょう。2017年1月の米国の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)離脱を受け、APACは、地球規模の問題を解決するため、より地域的なアプローチを検討することを余儀なくされました。しかしながら、APAC首脳は初心を貫き、2018年にはオーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、ニュージーランド、マレーシア、メキシコ、ペルー、シンガポール、ベトナムが参加して、TPPの改訂版に署名しました。 環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)と呼ばれるこの新しい協定は、世界のGDPの約14パーセント(当初のTPPの40パーセントから減少)に相当するもので、参加国間の新たな貿易ダイナミクスや監督規制だけでなく、相互に合意された環境保護法の遵守についても詳述しています。知的財産権、仲裁および投資紛争の解決に関する条項のいくつかは、新しい協定では省かれました。これは、特定の問題に関して進行中の多国間協力や、公共の利益のために必要とされる各国政府による地域介入を引き続き進める余地を与えるためです。新しい協定では、当該地域の労働者の移動を規制しておらず、加盟国は、自国農民およびサービス経済の利益の保護を実現しています。 ますます自国中心主義になった米国の影響により、APACは互いの結びつきを強め、ビジネスチャンス、人材のやり取り、世界規模のデジタル変革への共同参画へとさらなる道を切り開くことを余儀なくされる可能性があります。APAC諸国のほとんどが新協定を批准したことは、世界の他地域で保護主義の言説が増加する中で、自由貿易の輝かしい砦となっています。 APACの将来について楽観的になれる理由は数多くあります。デジタル変革は、前例のない成長の機会、そして労働者を科学技術の進歩、起業活動、およびイノベーションの世界規模の急増に結び付ける力をAPAC経済圏に提供しています。環境問題や経済的逆風に対処する差し迫った必要性が、APAC全体に緊迫感を生み出しています。問題解決への協調的なアプローチは、APACの未来にとって明るい予兆となっています。献身的なリーダーやAPACに本部・本社を置く組織が、地域全体の繁栄を目指して強みを結集しています。世界経済の変化が続く中で、APACはますます影響力のある役割を果たすようになるでしょう。 詳細については、Marsh&Mclennanのアジア太平洋地域における14のリスクシェードレポートをご覧ください。 1Evolving Risk Concerns in Asia-Pacific:, http://bit.ly/2APQVlZ. 2Lee, Pearl. "Ties with China Multifaceted and Strong: Josephine Teo." The Straits Times, 2 Mar. 2017, www.straitstimes.com/singapore/ties-with-china-multifaceted-and-strong-josephine-teo. 3"Asean the 'next Frontier' for e-Commerce Boom." Bangkok Post. https://www.bangkokpost.com/business/news/1249798/asean-the-next-frontier-for-e-commerce-boom. 4Mims, Christopher. "Without Humans, Artificial Intelligence Is Still Pretty Stupid." The Wall Street Journal, https://www.wsj.com/articles/without-humans-artificial-intelligence-is-still-pretty-stupid-1510488000?mod=article_inline. 5Song, Sha. "Here's How China Is Going Green." World Economic Forum, www.weforum.org/agenda/2018/04/china-is-going-green-here-s-how/. 6Jeff Kearns, Hannah Dormido and Alyssa McDonald. "China's War on Pollution Will Change the World." Bloomberg, www.bloomberg.com/graphics/2018-china-pollution/.

キャリア

サウジアラビアの「ビジョン2030」における女性の役割
Najla Najm | 02 5 2019

ここ何年にもわたり、サウジアラビアの労働人口における女性の地位は、実に顕著な変化を示してきました。女性が車を運転する権利を認める2017年の国王令は、女性従業員の移動を可能にする歴史的な第一歩となりました。しかし、国のありかたを形づくる重要な変化が見られるようになったのは、これよりもずっと前のことでした。2009年には初の女性副大臣が任命され、2013年には諮問評議会議員に女性が迎えられています。 変革は、主に女性の教育に総合的に力を入れることで促進されてきました。実際、2008年には、リヤドにあるプリンセス・ヌーラ大学が世界最大の女子大学となったことが発表されました。1 こうした歩みは、サウジアラビアが世界の舞台に平等に参加するための基礎を固める中で起こった氷山の一角に過ぎませんが、「ビジョン2030」を成功させる重要な要素であることは明らかでしょう。2 世界的な観点からみれば、サウジアラビア王国で起こっていることは、働き方に関して進む、より幅広い議論の一部です。こうした議論には、北米における同一労働同一賃金の問題、ヨーロッパにおける女性の取締役会代表の欠如などあらゆる話題が含まれます。実のところ、マーサーは世界経済フォーラムと協力して、キャンペーンを実施しています。その中心となるのが、女性が活躍する時という調査です。この調査によると、現在の変化の速度では、男女間の世界的な経済格差を埋めるには217年かかります。同時に、ビジネスや社会全体の成長にとって、男女平等および労働力への女性参画に留意すべきであることは、ますます明らかになってきています。 この報告書ではまた、多様な労働力が、収益を確実に増強する、ビジネス上不可欠なものであることも示唆されています。世界中の組織ではこうしたメリットを実感し、上級管理職の女性を増やしたり、女性の昇進を可能にしたりするよう、意識的に努力しています。「ビジョン2030」につながる国内の観点からみると、政府と民間部門の重要な組織から、指導者、経営幹部、理事などへの女性の起用が数多く発表されています。 最近では、世界で最も収益を上げている石油会社サウジアラムコが取締役に初の女性を任命し、シティグループもサウジアラビアでの事業責任者に女性を任命しています。多くの企業が、上級管理職の増加、女性の昇進の許可、男女間の賃金格差縮小などの面で、持続的な成果を挙げています。才能と能力こそが業務の成功を決定する要因であるため、これらの企業は能力に基づいた人材の採用と昇進を行うようになっています。女性が成功するための準備は万端です。 それでは、実際、サウジアラビアの組織はどのように女性の活躍を確実なものとし、それにより「ビジョン2030」を推進できるのでしょう。今日、サウジアラビアの人口のほぼ50%が女性ですが、現時点では、女性の労働人口はわずか20%となっています。3 一方で、女性のほうが高い割合で高等教育の学位を有している傾向があります。サウジアラビア女性の莫大なポテンシャルを解放することで、人材活用の余地が生まれます。 女性が活躍する時の調査は、組織が男女平等を推進できる方法を説明しています。例えば、労働力データを分析することで、雇用主はどの業務に人材をより大きく成長させる価値があるかを把握し、女性がそれらの業務に就く機会が平等にあるかどうかを評価することができます。その後、雇用主は再教育の機会を検討して、女性従業員が自らの学びに満足できるように人材を最適に配置できます。そうすれば、新たな方法で価値を生む意欲ある従業員によって、組織はメリットを享受できます。 サウジアラビアの大規模な変革が進む中、人々とスキルが同国の「ビジョン2030」を成功させる鍵となります。というのも、人間こそがあらゆる大きな変化の原動力だからです。女性にとっての機会が拡大する最近の傾向、そしてますます多様化する労働人口に女性がもたらす知識とスキルを考えると、持続可能な成長は、未来を活気づける適切な人材を活かせるかどうかにかかっています。その結果、サウジアラビアの地位が、かつての石油主導の国から人材主導の国に移行しています。 今後数年間にわたって、女性がサウジアラビアの成長を引き続き牽引し、この王国の持つ真の可能性を世界の舞台で解き放つ様子を見ることになるでしょう。それは、非常に興味をそそられることです。 1"World's Largest University for Women Launched in Saudi Arabia", Arab News, May 2011,https://www.edarabia.com/21384/worlds-largest-university-for-women-launched-in-saudi-arabia/. 2"Our Vision: Saudi Arabia, the Heart of the Arab and Islamic Worlds, the Investment Powerhouse and the Hub Connecting Three Continents," Saudi Vision 2030, https://vision2030.gov.sa/en. 3Trading Economics, 20 Million Indicators From 196 Countries,https://tradingeconomics.com.  

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